日常を笑うファインダー/AKIPINとSACHIKO(AKIPINの妻)

2021/06/26【短編小説】男と黄色と駐車禁止/AKIPIN

男は、駐禁を取られた。

カフェを出たら取られていた。いつもは取られてないのに今日は取られていた。ずっと小説を読んでた。こんなことになるとは読めなかった。ずっとコーヒーを飲んでた。事態を飲みこめなかった。

原付バイク後部に貼られた10センチ平方の黄色い板をもう一度見た。「駐車禁止」。凛々しい赤のゴシック体で書かれていた。「に、なっちゃうよもう少しで」という補足とかは無かった。「23分間確認」とも書かれていた。男は(23分間確認するな)と感じた。
通行人が多く、とりあえずバイクから離れた。黄色い板はとにかく目立った。目立ちに目立った。立ちまくった。横で男は立ち尽くした。2メートルくらい離れた自転車の前で明らかにバイクのキーを持って、立ち尽くした。目の前のその自転車にオシャレな女の子が遠慮気味にカギを挿し、さわやかに乗っていった。空白を目の前に、男はまたちょっと横にずれた。黄色とは遠い方へずれた。背中を自転車に乗った少年たちが通り過ぎていった。男は最後の1人に、自分とバイクを交互に見られた気がした。その瞬間彼だけでなく今周りにいる全ての人が自分を「駐禁とられた人」と噂しているように見えた。

(よし)

何かが吹っ切れた気がした。
(とにかく交番まで押して行こう。でもこんな派手な黄色を付けてどんな顔で押していけば?!!)特に何も吹っ切れてはなかった。(とにかく早く交番に着きたい)その焦りで、男はバイクの駐輪状態を解除することにさえ手間取った。ママチャリと同じように車体に前方向の力をかけてやればガタンッと解除になり、それは「解除」というのも大げさなほど単純なものなのだが、男は何故か力を「後ろへ後ろへ」とかけた。焦っていた。駐輪中のバイクはより一層「駐輪へ駐輪へ」と向かった。それは、黄色い板など無くともしっかりとみっともない姿であった。
がむしゃらに、バイクを単に動かすことに成功し、男はついにそれを歩道の上で押し始め、そして考えた。(前から来る人は、バイク後部のこの黄色はおそらく見えない。後ろから来てる人がいたら完全に気付かれるだろうが、その場合は気付かれてることに自分が気付かない。だから大丈夫だ。)
真横を歩く男と女に気付かれ完全にチラチラ見られながら、男は交番を目指した。

横断歩道を渡るのが一番怖かった。信号待ち中の車の運転手たちは、ドライバーとして、バイク後部についた黄色いこれの意味はきっとはっきり知っている。そんな彼らを観客に、横断歩道という舞台の上手から出演し、下手へと移らなければならないのだ。絶対に目でちょっと追われるのだ。男は、(駐禁とられたけど、めっちゃガッカリしてるってほどでもないけど、まぁ面倒なことになりましたわぁ)という感じの、面白味のない・ツッコミがいのない表情の作成に努め、下手へと消えた。その運転手たちにとっての下手には消えたが、男はまた別の観客の視界に登場していた。街はどこまでも舞台上であった。
男は、行きたくない交番へ急いで向かった。交番の前にバイクを停め、はじくように離れる。中には男と男がいた。男は男に、事の経緯を説明した。男と男は男に色んなことを尋ねてきたが、男はほとんど上の空で(9000円取られる)とだけ考えていた。以前同様の駐禁で9000円取られたからだ。だが男は、男が書類を作る姿を見て、何となく直感的に(9000円ではないかも)と思った。男は意外なところで「ピン」と来るのだ。何の根拠もなかったが、(今回のケースは6000円かも)と思った。すると9000円であった。「ピン」は、来たからどうなるとも限らないのだ。
「納付書」のすでに「000円」とプリントされてある欄にはいつの間にか左に「9」が書き加えられ、そのペラペラの3枚複写はずっしりと重みを放っていた。署名欄にうんこでも描いて3枚目まで写してやりたかった。でもその紙はのちに自分で郵便局か銀行に持っていかなければならないので、うんこを描くわけにはいかなかった。あえて雑な字で名前を書いてやった。捺印した指紋の美しさだけが、男の心を和ませた。

黄色い板を取ってもらい、男と男と男は別れた。男は、黄色い呪いから放たれた原付バイクを走らせ、「9000円」について考えた。9000円。ほぼ1万。9000円が消える。9000円があれば、さっきのカフェで甘いものを我慢することもなかった。本屋であの1冊を棚に戻す必要もなかった。このまえも素うどんじゃなく肉うどん食べれた。ああいう普段の細かい節約は一体何だったのか。あ、9000円といえば先月の残業代の半分以上だ。あの残業の労力の半分は駐禁代のためだったのか。
いや待て、プラスに考えるべきだ。6月の誕生日におばあちゃんからもらった1万円、あれは今回のためにもらったと解釈しよう。これなら損した感じは少ない。しかし待て、ならば6月の「お祝いをもらったから」という理由でのあのややぜいたくな支出はどう説明するのだ。よし、その2ヶ月前にもらった就職祝いをそのときに使っただけ、と解釈しよう。しかし待て、ならば4月の「就職祝いをもらったから」という理由でのあのややぜいたくな支出はどう説明、って、待て。待て待て。終わらない。キリがない。第一、「おばあちゃんからの誕生祝いで駐禁代払った」なんて設定、どこが「プラス」か。それはおばあちゃんの気持ちを大事にできているのか。自分は公共の迷惑になることをし、償いとして9000円を払う。それでいいではないか。
あ、もしくは「10年後の年収が○○○万9000円とかだったとき、その9000円を無いものと見なす。年収○○○万ジャストと見なす」あ、これでいこう。10年後に9000円払うことにする。今はお金は減ってないと考える。これで今の精神的安定を保つのだ。

男は、家に着くころにはこんな気持ちの整理ができていた。男の特技であった。男はさっそくパソコンを点けた。さっきのことをちょっとだけ小説風に書く、というのはすでに決めていた。「短編小説」と題し、タイトルは後で付けようと、ひとまずカギ括弧だけ置いた。そして勢いに任せ45分かけてここまで書いてきた。財布からはみ出ている納付書に、ほんの少しだけ感謝している。

(2004年)

 
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